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2009年03月18日

桜の森の満開の下2

『桜の森の満開の下2』
 坂口安吾(翻案:早浪討矢)
 
sakura2.jpg

 
 昔、鈴鹿峠は旅人が桜の森の花の下を通らなければならないような道になっていました。

 花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました。

 できるだけ早く花の下から逃げようと思って、青い木や枯れ木のある方へ一目散に走りだしたものです。

 一人だとまだよいのです。
 なぜかというと、花の下を一目散に逃げて、あたりまえの木の下へくるとホッとしてヤレヤレと思って、すむからですが、二人連だと都合が悪い。

 なぜなら人間の足の早さは各人各様で、一人が遅れますから「オ〜イ待ってくれ」などと後から必死に叫んでも、みんな気違いで、友達をすてて走ります。

 それで鈴鹿峠の桜の森の花の下を通過したとたん、今まで仲のよかった旅人同士の仲が悪くなり、相手の友情を信用しなくなりました。

 そんなことから旅人も自然に桜の森の下を通らないで、わざわざ遠まわりの別の山道を歩くようになり、やがて桜の森は街道をはずれて人の子一人通らない山の静寂の中へと、とり残されてゆきました。

 
 そうなって何年かあと。
 この山に一人の山賊が住みはじめました。
 この山賊はずいぶんむごたらしい男で、街道へ出て情け容赦なく着物をはぎ、人の命も断ちました。
 でも、こんな男でも桜の森の花の下へくるとやっぱり怖しくなって気が変になりました。

 そこで山賊はそれ以来、花がきらいになり
「花というものは怖しいものだ。なんだか嫌なものだ」
 そういう風に腹の中ではつぶやいていました。

 花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。
 そのくせ風がちっともなく、物音一つありません。

 あるのは自分の姿と足音ばかり。
 それがひっそり冷めたく、そして動かない風の中につつまれていました。 花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くようでした。

 目をつぶって、何か叫んで逃げたくなりますが、目をつぶると桜の木にぶつかるので目をつぶるわけにも行きません。それが、男の精神を一そう掻き立てました。

 
 けれども山賊は落付いた男で、後悔ということを知らない男でした。
 そして、こいつはどうもおかしいと考えたのです。

「ひとつ、来年、考えてやろう」

 そう思いました。
 今年は考える気がしなかったのです。

 そして、来年、花が咲いたら、そのときじっくり考えようと思いました。
 でも、次の年もまた同じように考える気が起きません。
 またもや来年に先延ばしすることにしました。
 毎年そう考えて、同じことを繰り返し、もう何年もたちました。
 今年もまた、来年になったら考えてやろうと思って、又、年が暮れてしまいました。

 
 そう考えているうちに、始めは一人だった女房がもう七人にもなり、八人目の女房を又街道から女の亭主の着物と一緒にさらってきました。

 その女の亭主は殺してきました。
 
 山賊は、その女の亭主を殺す時から、どうも変だと思っていました。
 いつもと勝手が違うのです。

 どこということは分らぬけれども、変てこで、けれども彼の心は物にこだわることに慣れませんので、そのときも格別深く心にとめませんでした。

 山賊は始めは男を殺すまでする気はなかったのです。
  いつもするように身ぐるみ脱がせ「とっとと失せろ!」と蹴とばしてやるつもりでした。
 でも男の連れていた女は美しすぎました。
 それでふと、男を斬りすてしまっていたのです。



© 早浪討矢 | Comment(0) | 日々のこと
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