y と g > 日々のこと > 星を見上げる人

2009年07月07日

星を見上げる人





  「星を見上げる人」



 ドアを開け「おはようございます」のあいさつもそぞろに、玄関をあがり、野中家の階段を駆けのぼる。

「あら、ありさちゃん、今日も早いのね」台所の方から、ノアのお母さんの優しい声がする。

「おじゃましますね」と普段通りの言葉を返しつつトントントンと、いつものリズムで階段をのぼりきった正面の部屋。そこが幼なじみのノアの部屋。

 ノックを5回。一応、思春期だからね…… 返事はない。気配もない。

 ガチャリとドアノブを押して部屋に入り、幼なじみの男の子を起こしに掛かる。

「おはようノア!」
 とりあえず声はかける。でも、そんなことでコイツが起きてくれるなら簡単だ。

 カーテンを開け、朝の陽差しを部屋に取り込むと、掛け布団を思いっきりめくってやる。

 そこには、胎児のように体をくの字に折り、眠りをむさぼるノアのパジャマ姿が現れる。

 朝の光のせい? サラサラの髪がきらりと輝き、一瞬見とれる。
 中学二年生とはいえ、まだあどけない少年の顔。すべらかな肌。そして言葉にならない小さなうなり声をあげて喉を鳴らす。


《《起っきろぉぉおおーーーっ》》


 大声を上げてノアを揺すり起こす。

 眼を覚まし、気が付いたノアは、寝ぼけまなこでのんびりと答える。


「ん? お早ぅ、ありさ。今朝も早いねぇ」


     *


 ふぁーあ

「またアクビ? 何回目?」
 中学校への登校途中。
 ノアとありさは、仲良く朝の街並みを歩いている。
 その間、ノアはもう8回もアクビをした。
 商店街はシャッターを開け始め、八百屋さんが軒先に商品を並べている。

「最近、眠りが浅いんだよな」ノアが言い訳のようにつぶやく。
「あれで?」あんな安らかな眠り顔をして、よく言う。
「この頃、立て続けに変な夢をみるんだ」
「変な夢?」


 こんな夢だ。

 …漆黒の天空に、地平線からは原色の赤い光が立ち上がって空を焦がしている。
 妖しい雰囲気の森の中。
 そこを貫く石畳の道を、ノアは一人進んでいく。
 長い長い時間をかけて。

 終着点に、たどり着くと、そこには石碑が立っていた。
 そこに着くと、いつも背後から羽音が聞こえてくる。
 不快な、コウモリのような羽音。
 それは、すぐ側まで近づいてくるので、思わず後ろを振り返る。
 でも、そこには長く続く石畳の道と、森の風景が延々続くだけ。
 何もいない。

 視線を前に戻す。
 すると、石碑の上には、巨大なフクロウが留まっている。
 その顔をくるりくるりと回転させながら。
 よくみるとその顔はどこかおかしかった。
 顔の回転が遅くなり、やがて止まる。

 そのフクロウの顔は人の死に顔をかたどったデスマスクだった。



「……そんな感じの夢なんだ」
 ノアとありさは、商店街を抜け、踏切を通り、住宅街に入り込み、丘を登っていた。ブロック塀の上では、猫が日向ぼっこをしていて、顔を前足でこすっている。
 
「大丈夫?」夢の話を聞いて、ありさは心配になる。「疲れてるんじゃない? 変なもの見えたりしない?」
「変なもの?」ノアは尋ね返す。

「あのさ… ノア」
 ノアは子供の頃、幽霊が見えると言いだしたことがある。

「そうだっけ?」
(起きてるときに妖精がみえると、ヤバイらしい。あっちの世界に片足突っ込んでるって)
「ねえ、大丈夫? 今でも見えたりするの?」
「うーん」考え込むノア「いや。大丈夫だよ」
「なら、いいけど」

 坂道の先を見上げると、朝の日差しのなか、頂上に建つ中学校の体育館の赤い屋根が見えてきた。


 ノアは思う。

(さっきのは嘘だ。僕の左目は幽霊が見える。今でも…)

 …そういえば、今日の夢にだけ、続きがあった。

 声が聞こえた。

「この街に屠(ほふ)られる、七つの魂を救え、さもなくば…」

 死に顔のフクロウは、喋った。低い女の声で。


「…あと49日で、誰かが死ぬ」


 と。



     *

     *

     *



  ……眠い。

 次の授業までの休憩時間。
 ノアは席に着いたまま、ぼんやりと天井を見上げていた。

 最近、よく同じ夢をみる。
 いい夢ではない。どちらかといえば悪夢の部類に入るだろう。

 初夏の日差しが窓の外には、広がっている。
 どこから紛れ込んできたのかグランドを真白な猫が横断している。

 ノアはアクビを一つした。

 隣の、また隣の席で、やはり同じようにアクビをしている男がいた。森岡だ。
 眼の下にクマが出来てる。
 アイツも、やっぱり悪夢か?

 ノアは、机に肘を着けたまま、顔だけを向けて森岡に話しかける。
「眠いのか?」

「あ゛? ああ、最近眠れないんだ」
「…悪夢か?」

「何それ? いやいや、ちょっと気になることがあって…」
「まさか…… またまた恋しちゃった病か?」からかうようにノアは言った。

「違うよ、今回は真面目な話なんだ」

 …森岡は、放課後塾に通っていた。
 その塾には夜食用に30分の休憩時間があり、そのとき森岡は一人、屋上に登るのを日課にしていた。
 ま、理由は、推して知るべしか…。

 最近気付いたのだが…。
 向かいのマンションの7階の端から2番目の部屋。
 毎日同じ時間にちょうど明りがついて女の人がカーテンの隙間から星空を眺めるんだ。

「塾のビルは4階建てだから、見上げても顔しか見えない」
 と、森岡は答える。

「美人か?」
「…まあ」
「やっぱり恋しちゃった?」

「そんなんじゃないよ」と森岡は言い「でも気になるんだ。なんていうか、はかなげで… しかも、部屋からは、変な音楽が流れてる」
「ふーん。オレも気になるな。今日って、塾の日か?」


     *


 オレたちは、森岡の塾の屋上に上った。
 20時ジャスト。その部屋の明かりがついた。
 たしかに見える。薄いカーテン越しに女の人が、空を見上げる姿が。
 窓が開いているのだろうか? 離れているここまで、小さな音だけど、何かの曲が聞こえてくる。

 ありさが小さく悲鳴を上げる。
「ノア、この曲…って」
「ああ」

 世の中には、自殺ソングなるものがある。
 その曲を聞くと死にたくなるというのだ。
 ある波長と歌詞の暗示が偶然、人にそんな気分を刷り込むのだという。狙って作れるものでもないと思うが…。

『暗い日曜日』
 世界でもっともポピュラーな自殺ソングだ。


 同じ時間に明かりがつき、同じ時間に曲が流れる。
 ってことはタイマーか?

 そして同じ時間に星を見上げるのではなく、ずっと同じ姿勢なのだとしたら…。
 例えば天井から、ぶら下がったまま。


「行こう! ヤバイかもしれない」
 3人は、マンションに向かった。

 オートロック式のマンションの玄関脇には管理人室があり、管理会社の制服を着たおじさんが常駐していた。
 森岡とオレは事情を説明し、管理人さんとその部屋に向かう。

 チャイムを鳴らす。が、返事はない。
「やっぱりおかしいな、この時間なら…」
 管理人のおじさんに鍵を開けてもらい、明かりのついた玄関に飛び込む。
 窓のある部屋を目指して廊下を進み、ドアを開けるとそこには…。


 棚に置かれた、マネキンの首があった。


「ヘアカットの練習用人形だよ。この部屋の男の人は理容学校に通っているんだ」
 男の人? …だってさ、森岡くん。

「どうやら留守みたいだね」管理人さんは少し機嫌を損ねたようだった。
 CDデッキのタイマーがセットしてある。
 森岡が物色していると、
「おいおい勝手にさわっちゃダメだよ」と管理人さんが咎める。

 オレは、ふと机の上にあった便箋に眼を落とした。

『迷惑かけてスミマセン。僕は…』



 遺書だ!
「…管理人さん」


 そのとき、ありさがバスルームから悲鳴をあげた。


 そこには、床に落ちた剃刀と、血が滲んだ湯船。
 男の人が、意識をなくして沈みかけていた。


「まだ、息がある。救急車を!」
 オレは叫ぶ。
 管理人さんは慌てて震える指先で、懸命に携帯のボタンを押した。


     *


 管理人さんは揉め事を恐れ、この事件を内々で処理したいようだった。
 オレたちは口外しないように固く約束してその場を去った。

 美容師学校に通う、自殺未遂男の人は… どうやら意識が戻り、一命は取り留めたらしい。
 森岡の通う塾は、とっくに授業が終わっていたので、みんなで一緒に帰ることにした。

「あーあ、絶対親に怒られちゃうよ」

 帰り道。森岡は駅方面へと一緒に歩きながら呟いた。「塾からも、抜け出したって連絡が、入ってるはずだし…」

「でもよかったじゃないか。謎が解けて」オレは気休めを言った。

「たしかに寝不足は解消されるけど…」と森岡は言い「でも、不思議だよな」と考え込んだ。

 角を曲がると、コートを着た女の人が向こうから歩いてくる。
 狭い路地裏で他に人影はない。
 遠くの電柱についている街灯は、切れそうなのか時折チカチカ点滅している。

「こんな偶然あるんだな」と森岡は言う。

 硬いハイヒールの音を道路に響かせて、コート姿の女性はこちらに向かってくる。
 その動きはコートに包み隠されてはいたが、どこかぎこちなかった。

「ねえ、何かあの人…」
 ありさが言った。

「シッ、見るな」
 オレは小声でありさをたしなめた。

 森岡は、気付かず話を続ける。
「だいたい説明したって信じてくれないよ」
「ああ」
 オレは気のない相槌を打つ。

 女は近づいてくる。肩や膝が強張ったような硬い歩き方だ。

「塾サボって、何してた? って問い詰められたら、何て答えよう」

 女は目の前まで近づいている。
 背筋に緊張感が走る。
 でも、気付かない素振りをする。
 アリサの震えが伝わってくる。

「なあ?」

 そして通り過ぎる瞬間。女はこっちを向かないままで囁いた。

「あ・り・がとう」


《《なあ!》》
 森岡がオレをにらんでいる。

「え? どうした」
「何だよノア。聞いてなかったのかよ? だから……」
 
 オレは思い切って、振り向いてみた。


 しかし女は、すでに角を曲がったのか、姿はない。


「どうしたんだよ? さっきから変だぞ」と森岡。
 アリサは怯えていた
「…ノア、さっきの人?」

「ああ」



「顔が、あのマネキン。だった」

(…アリサにも、見え始めたのか)



「だからノア! さっきから何ブツブツ言ってんだ」


     *



 駅前で、森岡と別れ、オレはアリサを家まで送り届けた。

「ありがと。また明日ね」

 とありさに言われて「ああ」と返事をした。
 いつものように。
 アリサは笑顔で手を振り、家の中へ、スーッと消えていった。

 アリサの家は相変わらず、次の買い手もつかぬまま、雨戸で締め切られている。

 …あの事件以来。




(ありさ、オレ、幽霊が見えるんだ)
 オレは心の中でつぶやき、夜空を見上げた。

 今日は7月7日。天を割るように星の海が溢れていた。



 彼女は、自覚していない。









 自分も幽霊であるということを……。
 



              (了)

  ♦   ♦   ♦  


 とまあ、懐かしいナンバーでお送りしました^^
 僕は参加しませんが、夏ホラーまであと49日。知り合いが参加する(まだわからない人もいますが)みたいなので、執筆中なら早く成仏させてねスペシャルでお送りしました。

 てか、これも久々に読むと推敲どころ満載ですねえ。

 でわでわ^^ノシ
© 早浪討矢 | Comment(0) | 日々のこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]


コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。