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2009年07月14日

いろいろ同時進行過ぎてオーバーフローな件

yamanasi.jpg


やまなし 


原作:宮沢賢治
翻案:早浪討矢



 小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。

一、五月 


 二匹の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
  
「クラムボンはわらったよ」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ」
「クラムボンは跳ねてわらったよ」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ」

 上の方や横の方は、青くくらく鋼のように見えます。
 そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。
 
「クラムボンはわらっていたよ」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ」
「それならなぜクラムボンはわらったの」
「知らない」
 
 つぶつぶ泡が流れて行きます。
 蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六粒泡を吐きました。
 それはゆれながら水銀のように光って斜めに上の方へのぼって行きました。
 
 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一匹の魚が頭の上を過ぎて行きました。
 
「クラムボンは死んだよ」
「クラムボンは殺されたよ」
「クラムボンは死んでしまったよ………」
「殺されたよ」
「それならなぜ殺された」兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べったい頭にのせながら言いました。
 
「わからない」
 魚がまたツウと戻って下流のほうへ行きました。
 
「クラムボンはわらったよ」
「わらった」
 にわかにパッと明るくなり、日光の黄金は夢のように水の中に降って来ました。
 
 波から来る光の網が、底の白い磐の上で美しくゆらゆらのびたりちぢんだりしました。
 泡や小さなごみからはまっすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。
 
 魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、また上流の方へのぼりました。
 
「お魚はなぜああ行ったり来たりするの」
 弟の蟹がまぶしそうに眼を動かしながらたずねました。
 
「何か悪いことをしてるんだよ。とってるんだよ」
「とってるの」
「うん」
 そのお魚がまた上流から戻って来ました。
 今度はゆっくり落ちついて、ひれも尾も動かさずただ水にだけ流されながらお口を環のように円くしてやって来ました。
 その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。
 
「お魚は……」
 その時です。
 にわかに天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のようなものが、いきなり飛込んで来ました。
 
 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く尖っているのも見ました。
 と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金の網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。
 
 二匹はまるで声も出ず居すくまってしまいました。
 
 お父さんの蟹が出て来ました。
「どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか」
「お父さん、いまおかしなものが来たよ」
「どんなもんだ」
「青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ」
「そいつの眼が赤かったかい」
「わからない」
「ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。大丈夫だ、安心しろ。おれたちはかまわないんだから」
「お父さん、お魚はどこへ行ったの」
「魚かい。魚はこわい所へ行った」
「こわいよ、お父さん」
「いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、樺の花が流れて来た。ごらん、きれいだろう」
 泡と一緒に、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。
 
「こわいよ、お父さん」弟の蟹も言いました。
 
 光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。
 


二、十二月 


 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。
 
 白い柔かな円石もころがって来、小さな錐の形の水晶の粒や、金雲母のかけらもながれて来てとまりました。
 
 そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいっぱいに透とおり天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。
 
 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡らないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天上の方を見ていました。
 
「やっぱり僕の泡は大きいね」
「兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ」
「吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう」
「大きかないや、おんなじだい」
「近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら」
「やっぱり僕の方大きいよ」
「本当かい。じゃ、も一つはくよ」
「だめだい、そんなにのびあがっては」
 またお父さんの蟹が出て来ました。
 
「もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ」
「お父さん、僕たちの泡どっち大きいの」
「それは兄さんの方だろう」
「そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ」弟の蟹は泣きそうになりました。
 
 そのとき、トブン。
 
 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。
 キラキラッと黄金のぶちがひかりました。
 
「かわせみだ」子供らの蟹は頸をすくめて言いました。
 
 お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから言いました。
 
「そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい匂いだな」
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
 
 三匹はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。
 
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るようにして、やまなしの円い影を追いました。
 
 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔をあげ、やまなしは横になって木の枝にひっかかってとまり、その上には月光の虹がもかもか集まりました。
 
「どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう」
「おいしそうだね、お父さん」
「待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰って寝よう、おいで」
 親子の蟹は三匹自分たちの穴に帰って行きます。
 
 波はいよいよ青白い焔をゆらゆらとあげました、それはまるで金剛石の粉をはいているようでした。
 

* 


 私の幻燈はこれでおしまいであります。



(了)







 てな訳で、左手で丸を書きながら右手で三角を描くという日常を過ごしています。
 でわでわ^^
© 早浪討矢 | Comment(3) | 日々のこと
この記事へのコメント
こんばんは、剣崎です。
うわあ懐かし〜!
クラムボンだあ!
これって『やまなし』ってタイトルだったんだ、すっかり忘れてた。
クラムボンがわらったよ
クラムボンがかぷかぷわらったよ
のくだりしか覚えてなかった。
習った当初、
かぷかぷ笑うって?
かぷかぷ……
かぷかぷ……
と、考えた事がある。
未だにクラムボンが何奴なのか分からないけど、好きなフレーズですねえ。

あれ?
クラムボンはわらったよ
クラムボンはかぷかぷわらったよ
が、もしかして正しい?

『が』で覚えてた!

オーバーフローになりますよねえ、いろんなモノを同時進行すると。
この『いろんなモノ』の数はキャパの大きさと『モノ』の大きさにもよるとは思うんだけど。
剣崎はキャパが狭いので、複数同時進行はなかなか出来ません(^∇^;)
異なった質のモノだといくらかキャパが広がるけど、小説設定だと、同時に考えるのは五つが限界かな。同時に書けないから書くのは一つだけど。
そういう時って、ホント、分身の術とかコピーロボットが欲しい。
あ、これ、いつも言っているかもしれない。
Posted by 剣崎 at 2009年07月15日 21:32
クラムボンって何なんでしょうね?
ズンドコベロンチョhttp://yonikimo.com/db/public/78.htmlみたいなもので、あまり答えに言及するものではないかもしれませんが、昔はカニの世界の権力者、英雄的なものの象徴かと思ってました。
今読み返すと違うような気が…

原文では、「クラムボンは…」です。

「は」と「が」の使い分けについては、続く言葉が動詞であるとか、形容詞であるかとかによってちょっと意味が変わってくると思われるんですが、

「は」は、述語に重点をおいた文、
「が」は主語に重点を置いた文に使う
というのがよく言われます。

少し乱暴に言うと

「は」は、古い情報
「が」は、新しい情報を伝えるときに使う

と言い換えることができまして。
例えば、

オバマは大統領になった。
オバマが大統領になった。

そういった意味で考えると、剣先さんが「クラムボンが…」と覚えていた、ということは、クラムボンに関しての衝撃の度合いが伺えますね。

って、なんだそりゃ?
でわでわ^^
Posted by 早浪 at 2009年07月16日 00:54
あと擬音に関してですが。
オノマトペって聞くと、どうしても加藤茶を思い出してしまいます。

性差心理学では女性の方が文学的感性が高く、男性は写実的傾向があるとされてます。
擬音に関しても、女性のほうが感受性が強いとか。

男性的権威者からはオノマトペは幼児性と卑下される傾向がありますが、個人的にはさらっとうまい使い方をしたいなあと考えています。

加藤違いですが、
加藤鷹大先生が、ベッドの上で耳元で囁くと効果的と言ったとか言わないとか…

     *

あとオーバーフローに関しては、僕は割とそうなるタイプなんです^^

神経系には運動神経と反射神経がありますが。
これは筋肉に対してだけじゃなく創作系の感性やセンスにも当てはまる気がします。
僕は反射神経だけでここまで生きてきた人間なので、色んな方面から自分を追い込んだほうが神の領域(ZONE)に入り込んで、生きてる充実感が沸く気がします。

剣先さんは創作の運動神経が良いタイプな気がしますねえ。

とまあ、取りとめもない返信でごめんなさいm(_ _)m
ではまた^^
Posted by 早浪 at 2009年07月16日 01:24
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