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2009年12月10日

だから?




 というわけで、こないだの続き。
 といってもちょっとまとまってないし、駆け足で書きなぐるので、
 なんじゃこりゃ?

 と思わせちゃったらごめんなさい。

 小説には「セリフ」がつきものですが、
 この後にはよく

 と、○○は言った。
 という文章が付きます。
 これは実際に付いてない部分は省略されていると言うだけで、実際にはすべての
「セリフ」につきまとっているものです。
 これは、モノローグの後に、(と私は思った。)が省略されているのと同じで、
 リズムとか簡素化の類なんですが、

 この(言った。)と言う動詞の前に表情描写・感情描写を入れるのが通例になっています。

「…ああ」
 と、僕は笑いながら言った。

 むしろ、表情描写以外を省略する流れもあります。

「知らないわよ。そんなこと」
 彼女は涙ぐんだ。

「…知らないっ。そんなこと」
 と頬を染める。

 あ、ついでに話はズレますが、
 日本語というのは他の外国語に比べて
 会話に性差というか、個性があるので、
 割と「」の中だけで、感情やキャラを処理してしまいがちです。

「待ってろよ。今助けに行くゼ」
「お願い。今だけギュッとして」

「応援するですぅ」
「それは的外れじゃのう」

 ってな感じで、出来ちゃうので意外と感情の表現。
 つまり演技の部分を、「」内でなんとかしようとして、説明過剰になり、学芸会みたいな会話になってしまうことがあるので、要注意。

 役者はともかく、多分今は声優さんの演技の影響も大きくなってるんでしょうが、
 声の抑揚や、かすれさせ方など
 やはり台詞以外のところで表現されてる部分も大きいので、

 声を詰まらせた。
 甲高く叫んだ。
 なんかの描写はやはり必要かと…


 ま、話が逸れましたが。

 今日は描写カメラの主観性と客観性についてです。

 やだな〜、ちゃんと覚えていますよ。


 それでですね。それを説明するのに調度、さっきの部分

「セリフ」の後の表情描写。

 というのが一番わかりやすいかな、と長々説明してきたわけです。

 で、具体的にどんな表情があるかというと。
 基本的には

笑って
泣いて
照れながら
疲れて
呆れて
恥ずかしそうに
苛立ちながら
怒りに震えて
ホッとして
苦笑いして

とか喜怒哀楽から語彙を集めていけばいいんですが

たとえばウェブリオの類語辞典で笑うを調べると
http://thesaurus.weblio.jp/content/%E7%AC%91%E3%81%86

↑こんな感じなんですが、

ほほえむ。爆笑する。
とかの感情そのものの描写から

目じりが下がる。目を細める。口元を緩める。大口を開けてわらう
なんて目や口などの具体的な顔の部位の描写

にっこりする。噴出す。顔がほころぶ
などの慣用句的表現

なんかがあります。

なぜ目や口のパーツを描写するだけで、感情が表現できるかというと
これはマンガの描き方と合い通じるものがあるのですが

人間の脳は二つの点を見ただけで、それを目だと錯覚しその形で表情を推し量ってしまう性質があるのです。

だから、マンガでは目の('_')描き方(^o^)口の形が重要なんですが
小説にも応用できるんですね。

目じりを下げる。
口角をあげる。
眉間にしわを寄せる。

あと手の動きも結構使えるんですが、
これはまた別の話。

で、まあ何でこういう話をしたかというと。
この語彙の使い方。文体が口語的であるか文語的であるか
一人称であるか三人称であるかという前に

決定的に文章のイメージ(結局文体)に影響を及ぼしてくると思うんです。


つまり作者が想定する、読者の視点。
つまり描写カメラを客観的な位置に置いているのか主観的な位置に置いているのか
そのスタンスがわかると思うのです。

モチロン作品内でこの描写カメラの位置は変わっていくものです。一人称の自分に対する表情描写が主観的で、相手に対する表情描写が客観的なのは自然なことです。むろん相手の感情を決め付けたり、自分の感情を客観的な描写で見たりということも、ある種の効果があるものなので、それだけで下手くそとか間違ってますとか神視点とか言い出されるのはちょっと… まあ、そう決め付けられたらそうですけどぉ。

まあ僕は視点に一貫性があるのも、もちろん説明文章としては大切だけど、小説文章ってのは、この前言ったとおり、あたかも目の前で何かが起こってるかのように錯覚させる技術。でもあるわけで、

この描写カメラのフレームワークに流れやうねりがあるのも、良いことなんじゃないかと思った次第で…



 なんてことを今まで薄々考えていたんですが。
 今回の覆面企画で作品を推理するに当たり、非常に勉強になった部分でもあるので記しておこうかな…  なんて、

 ただ、それだけの話です。
 期待させてごめんね。

みなさんも自分の「セリフ」の後の描写を見直してみると自分のうねりやリズムが見直せるかも。

 っていうか、セリフを先に考えて小説書くタイプの人は
 この方法で、適当に基本的感情ちりばめていって、後で描写を見直していくっていうやり方でサクサク書けるかも。
ま、比喩とか背景とかのこともあるんで一概には言えないですけど…
 


 それではまた^^
 ではではノシ

 
© 早浪討矢 | Comment(2) | 日々のこと
この記事へのコメント
り、リアクション早すぎですか?(笑

待ってました。^^;

なるほどなぁ、と思ったのは、あげつらったら
「貴様このブログを乗っ取る気か?!」
っていうほどいろいろあった訳ですが(汗

自分にとって収穫の大きかったのは、やはり「視点」についてのお話でした。
自分が話作りをする時って、まず映像が浮かぶんですね。
これって、言ってみれば第三者視点。
見る側が視点を当てている人物という意味合いで描写されていく、ということになるんでしょうが、自分は「見る側の視点」と「作る側の見せたい点」と「登場人物の視点」がごちゃごちゃになるから拙い文章になってしまって感情移入しづらくなっちゃうんだな、と気がつきました。
会話文のあとの表現が、上記3視点がバラバラだったので、ふと現実に返ってしまうんだわ、とこの記事読んだ後すぐ自分の文章を読み返して、ダメな部分が見つかりました(笑

ありがとうございますv
こういう部分を自力で見つけ出せるか出せないか。
この差ってホント大きいなぁ、と全然見つけ出せない自分は思いますデス;
是非またこういうネタ(ネタっていうな;)があったら教えてやって下さいまし!
コメント残すことが少ないものの、EROEROしく覗いております。(〃д〃)
Posted by 藤夜 要 at 2009年12月10日 15:03
コメントありがとうございます^^

結局ナニが言いたかったかっていうと、
地の文とか会話文とかの線引きって、僕にとっては曖昧すぎる。ってことかな。
背景も心理描写の一部に過ぎないと考えてる次第で。
結局。葛藤描写と行動描写。で分けて考えたほうが理解しやすいかなあ。

>まず映像が浮かぶんです。
映像タイプと文章タイプに分かれるみたいですね。
自分は音声派かなぁ? なんかわかんないですけど、語りかけていくようなイメージがありますね。

>感情移入しづらくなっちゃう
これ僕も、しょっちゅう言われる。
小説が満たす読者の欲求って。知識欲、共感欲、解決欲の大きく3っつに分かれると個人的に考えるんですが。
ググったらこんなページが
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend/2685/gb020921.htm
(スパム防止でリンク規制してあるんで…)

 個人的には感情移入気にしてないというか、共感できないのに読ませることができた。と、いいように解釈するようにしています。
 あとからキャラ付けで何とかなるような気がするので、オンラインでの小説作りは、自分の中の物語がスムーズに紡げるようなシステム構築を優先させてますです。

ではでは^^
Posted by 早浪 at 2009年12月11日 10:22
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